日中報道


by koubuni
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2012年 09月 30日 ( 1 )

初めてに日本にきた時、一つ驚くことは、日本各地に日中友好協会が存在すること、中国では、国レベルの日中友好団体があるのが、地方にはない。
数年前、私は神奈川県に在住期間、かつて県の日中友好団体のお年寄りたちに取材してきた。
そして、一つ壮大な物語を見つけた。
何人のお年寄りが日中戦争中に中国にいった鉄道・医療など領域の技術者。日本敗戦後、若い彼らは共産党から要請され、「留用された日本人」になって、八年間にわたって、シルクロードのところに、天水という町で鉄道建設に「技術者魂」を発揮していた。中国の建国に青春を捧げた日本人たち。実際に、残された日本人技術者は八千人とも一万人とも言われる。
「中国」、永遠に彼ら人生の中に刻まれて いる。価値観にも中国側から多大な影響を受けた。天水から帰国した技術者たちが、「天水会」を設立し、毎年一回みんなが集まり、現在でも白髪のお年寄りたちが必ず中国の歌を歌う。
...取材して数年経って今でも、時々、そのお年寄りたちと連絡をとっている。この間、久しぶりに何回も取材した今年80歳になった橋村さんと新宿の喫茶店でお会いした。橋村さんにとっては「悲しみも喜びも味わった中国は私の人生道場だった」。彼は定年退職以後、70代になっても、毎年数回中国へ、北京郊外、万里長城周辺の緑化に力を注いでいた。だが、昨年、彼は日中両国の間に便利に行き来するため、中国の永住資格を取ろうとして、中国政府機関に相談したが、拒否された。
「もう(中国)行かなくてもいい、ゆ っくり休んでください」と、私はそう言うしかなかった。
現在、日中関係は最悪の中、最も悲しまれているのは、すでに後期高齢者になっている60数年前の「留用された日本人」だと思う。
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by koubuni | 2012-09-30 21:57